金門島は馬祖島と同じく、国共内戦の時に最前線となった場所です。
明朝時代の1387年、江夏侯が「千戸所城」を築き、この城が、
海防と侵略者への防御の役割を果たし、その地理的な条件から
「金の如く固く、雄々しい海の門」、しなわち「金門」と呼ばれるように
なったのが、島の名前の由来です。
1949年に国民党政府が中国大陸から台湾に移ってから、
1992年に軍事管制が解除されるまで、金門は一般観光客の
立ち入りを厳しく制限する、「戦地」でした。
軍事管制が敷かれていた時代は、金門にいるのは軍人と
わずかな住民でした。両者は協力して、あらゆる設備を
作っていました。
住民のための公園や道路の補修、貯水池なども作りましたが、
軍事移設としての地下坑道、海岸防御杭、砦なども
協力して作られたものです。
1992年以降は観光業をメインとして発展してきた
金門にとって、これらは貴重な観光資源と同時に大切な
歴史的建築物となっています。
金門の特産、食文化
金門の文化は全て中国大陸から入ったもので、
言語、民俗文化、食文化も全て大陸の習慣を受け継いでいます。
しかし、観光客が増えるにつれ、観光地は、台湾本島の
台湾人観光客に合わせて、いろいろな特産品や、
「小吃」が見られるようになりました。
金門の特産品で一番有名なのが、
「刃物」「ピーナッツ菓子(貢糖)」「高粱酒」です。
刃物が有名というのは実は、国共内戦時代に
金門にたくさん残された砲弾を何かに利用できないか、
と考えられたのが、きっかけで、刃物作りが始まりました。
ピーナッツは、金門の気候、土壌、水質などの条件が
油脂の多い、香り豊かなピーナッツ栽培に適しているからです。
大陸から受け継がれた高粱酒も有名で、金門酒造場で造られたものです。
他にもソーメン、さつまいものお菓子、白菜の酢漬け、牡蠣と卵の炒めもの、
陶磁器、あげパン、昆虫の炒めもの、ナツメ入り餅、広東風のお粥、
焼き餅なども定評があります。